読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

マシュマロ マロ マロ♪

そう言えばてらりんはドキドキ!プリキュアにドキドキしていたわ……

<これまでのあらすじ>
 初日の舞台挨拶を見に行ったら、同じ劇場で追加舞台挨拶をやるというからまた見に行ったのだが、当然地元劇場の前売りも買ってるし、ちゃんとちびっこがミラクルライトを振る演出効果も見たかったので3回見るのは確定コースなのだった。
 初見から突っ込みどころの多い作品だとは思ったし、不審な展開もあるのだけれど、それはそれでなんでまたプロの劇作家がそんなアホなことやらかすんだろ、という目で見るようになってきたのだった。
 で、また大体の劇場は一ヶ月もすれば上映終了しちゃうんだけれども、そこそこ近くに年越しても上映してるような劇場があったので2ヶ月ほど毎週見てたんですが、9回目見るタイミングで昔好きだった女性が結婚したとか、ウエディングドレスの出てくる映画見る時にいらんこと思い出さざるを得ない情報を仕入れちゃって9回目見た時はその人の事ばっかり考えてちゃって困った(笑)
 でもさすがに8ヶ月も経ってから見たらちゃんと映画に集中できたぞ、ていうか花嫁さんおめでとさんな、お幸せに。
 
<映画ドキドキ!プリキュア マナ結婚!!?未来につなぐ希望のドレス>
 というわけで(どういうわけだ)前に箇条書きで書いた時と自分の印象はそれほど変わらないんですが、せっかくソフトも発売されたことだし、キャプ画面も交えながら文章でやってみようと思います。
 
 やはり劇場公開作品なので、作画やアクションシーンの動画がダイナミックで素敵です。特にキュアソードの戦闘シーンはバリバリの格闘戦で見ごたえあります!なんと劇場版限定技の「プリキュア・アルティマソード」さえカラテ技ですからね!一応ラブリーフォースアローにラビーズセットして手刀にレーザーアームを付与してるようではありますが…

 
いつものように(笑)バリアを割られるサービス演出を経て発動するロゼッタリフレクション・ダブルクラッシュがこれまたダイナミック!

 
 そしてオモイデの王に囚われたプリキュアたちを助けるべく縦横無尽に奔走する妖精キャラたちが健気、

 一人だけ記憶の世界に閉じこもってしまったマナにスクリーンを越えて呼びかける六花、ありす、まことの熱い友情描写も素敵です

 キュアエースさんは制作時はキュアエースが登場して無かっただろうし、割りと初期の上から目線の呼びかけな気もしますが(笑)
 彼女についてはキュアソードの救援に駆けつけた時の「愛は時空を超えるもの」といういい加減な説明がやっぱりテレビ版登場当初のノリで楽しいのですが、彼女の正体が王女様の魂の片割れ、という設定がオープンになってから見るとキュアソードの救援に駆けつけたのがキュアエースで、しかも「あなたの心はまだ折れてはいないはずです」と叱咤激励する姿は、アン王女がキュアソードにとって時に優しく、時に厳しいお姉さんポジショだった事を想像させて大変味わい深い。
 
 また、劇伴がTV版の音楽の豪華版主体だったこれまでの作品と違って専用曲が非常に多数新作曲されていて音楽演出による盛り上げが実に燃えます。特にキュアダイヤモンドキュアロゼッタが二度目の変身を見せるシーンの勇壮なトランペットや、マナが再びキュアハートとして戦う決意を固める変身シーンの音楽の世界がパァーっと明るくなる感はこの映画一番の見せ場。
 マナはオモイデの世界で再び巡り会えた五十鈴おばあちゃんやマロとの別れを決意するが、それは決して思い出を捨て去る事ではなくおばあちゃんやマロがマナに与えてくれた愛と共に未来を目指す決意なのだ。
 
 
 さて、この作品にあまり乗れなかったという意見はかなり聞くんですが、そういう視聴感の原因は大半がラスボスのクラリネット戦があまりに唐突すぎるという事に起因するのでは無いでしょうか。
 私も初見時はそういう印象だったのですが、全体に好きな作品なので何度も見に行き、繰り返し見ているうちに実はラスボスの正体は作中で示唆されているのではないか、と思えるようになってきました。
 
 はじめに違和感を持ったのは町の人々が映写機の光線に囚われたあと、彼らの記憶、という触れ込みで投射される映像でした。
マナがこの世に産まれた日の記憶…

 であるはずなのに、相田家の全員(背中を向けてるのがお父さん、その向こう側にはおばあちゃんの着物が見える)が写り込んでる映像。一体カメラは誰目線の記憶なのか。
 
 また、オモイデの王を乗せて登場するクジラがプリキュアを飲み込むというあたりはピノキオを連想させますし、映画公開時のアニメージュ12月号では伊藤尚往監督が五十鈴おばあちゃんのセリフはほとんどが嘘、なんて発言をしていてこの作品には大きな、嘘、というか大っぴらにオープンに出来ない部分があるんじゃないか、という印象を受けるのです。
 だとすれば、登場人物の心の闇が物理的な怪物として襲い掛かってくるというドキドキ!プリキュアのフォーマットから考えて、あのクラリネットを生み出したのはマナ本人である、と考えるのが自然ではないか。*1
だからこそ超格好いいいつものラブリーストレートフラッシュの曲がかかっても勝てなかったクラリネット相手に「それでもあたしはあなたに勝つ!」決意を固めただけでなんか知らないが勝利しちゃうわけです。
 逆に言うとマナの心を閉ざしていた自分自身の象徴であるクラリネットを倒すために観客のミラクルライトは機能せず、マナ自身の決意によっての決着意外はありえないわけです。
 女子会でマシュウの事を思い出し、彼のことを忘れていたことの罪悪感から生まれて来た、というところかしら。
 大っぴらにそこを描くわけにいかなかったのは子供のあこがれであるプリキュアが世界を滅ぼしそうな勢いの怪物を生み出すという展開にOK出なかったからなのかな、という印象です*2
 
 それにしてもやはりマロの愛らしさや五十鈴おばあちゃんの優しさが魅力的でマナが耽溺しちゃうのも無理は無い…とかいいながら同じフィルムも何度も見に行く大人(俺)を生み出してる歪みは見なかった事にしよう。そうしよう(笑)


 
 プリキュアを閉じ込めたフィルム栞を売店で売ってる、ってものけっこう皮肉が効いて事であるがまあメインターゲットにとっては単なる記念品なんでしょうけれど。

  
 この闘いのあとベベルやマシュウとはお別れですが、その前に入り込んでくるマナの誕生シーンはやはり誰かの思い出というよりは(例によってフレーム内に全員が映っている)この世界で再び未来を目指すために再び誕生した、というマナの意識の表れと受け取ることができるでしょう。
 
 そしてEDのダンス。
 あまりTV版とかわらないのですが、ラストでワンコーラス追加になってエンゲージモードでミラクルライトを振る振り付けが結構好きな部分。ここ一緒にミラクルライトを振ると盛り上がると思うのですが、それをやってる女児は劇場では見なかったですね。

映画 ドキドキ!プリキュア マナ結婚!!?未来につなぐ希望のドレス テーマソング

映画 ドキドキ!プリキュア マナ結婚!!?未来につなぐ希望のドレス テーマソング

…でもやっぱりあぐりちゃんが伝説のミラクルライトのことを語った途端に「きゅぴらっぱ~」一発で出てくるミラクルライトの超テキトー感は残るよね(笑)
 すごくドキプリらしいとは思うけど。

*1:通常ジコチューやサイアークを産みだした人間は行動不能になるが、その辺はマナの精神力があまりに大きすぎるのでジコチューを生み出してもまだ本人が行動できるだけの余力があった…ってこのへんはちょっと強引だが、まあ語られない分好きに妄想する

*2:そう言えば本編でも六花がマナとべったりなまことに嫉妬するエピソードでどう考えても六花がジコチューを出すのが自然なのに、実際は第三者のジコチューと戦うエピソードがあった。ハートキャッチプリキュア!では後にプリキュアになるえりかといつきがデザトリアンを出したことがありますが、どちらかというとそのパターンの方が例外的に思える。